インスタントラーメンといえば、『オバケのQ太郎』に出てくる小池さんが好きだった。三度の飯よりインスタントラーメンが好き、というかインスタントラーメンを常食にしているらしい近所の変人である。
わたしもご多分にもれずラーメンが大好きな子供だった。それとも、ラーメン好きの小池さんが好きだったからラーメン好きになったのだろうか。いまとなっては思い出せない。はじめて少年サンデー(オバQの掲載誌)を買ったのはまだ幼稚園のときであり、わたしのラーメン好きもそのころから始まっていたからである。
確か、小池さんが毎日インスタントラーメンばかり食べているのを不憫に思った隣人が、彼に普通の食事を作ってあげて、ラーメンを食べさせない、というエピソードがあったと記憶する。
小池さんは、純粋にインスタントラーメンが好きだから食べていたので、普通の食事に耐えきれずに逃げ出して、こっそりインスタントラーメンを作って食べるのだが、その時小池さんはよれよれになりながら「ラーメン、ラーメン、ママと一緒に食べたいな」と歌いながら必死にラーメンを作って食べるのである。そのシーンがいまでも思い出せるくらい強く印象に残っている。
もしかしたら、そのせいでラーメンを食べたいと思い、そこからわたしのラーメン好きが始まった、と言えなくもない、と思う。
ただ当時は、ラーメンといっても、両親がラーメン専門店に連れて行ってくれるはずもなく(不良の行くところだと諭されていた)、食べるのはいつもデパートの大食堂や近所の中華料理屋ででてくる醤油味の、いわゆる中華そばだった。記憶が定かでないのだが、小池さんのファンになった当時は、まだ家でインスタントラーメンを作ることはなかった気がする。
具体的にどこのデパートだったかは、まったく記憶にない。当時はどこのデパートにも大食堂があり、醤油ラーメンがあった。どこにいっても常に醤油ラーメンを食べていた。
出前一丁もサッポロ一番もチャルメラもなかった時代(発売はたしか小学3年のときだったはず)で、カップヌードルもまだなかった。だからわたしはラーメンというものはすべてデパートの大食堂のような味の食べ物だと認識していたと思う。
ちょっと待ってくれよ、とあなたは思ったかもしれない。小池さんは「インスタント」ラーメンが大好物なのであり、自宅でお湯をかけて3分間待ち、それからおもむろに食べるのではなかったか、と。
その通りなのである。小池さんは大食堂や中華料理屋のラーメンは好きではなかった(と思う)し、たぶん、その後出た、今でも主流の鍋で煮るタイプのインスタントラーメンも好きではなかった。彼はあくまでも、お湯をかけて3分間待つタイプのインスタントラーメンが好き(という設定)だったのではなかったろうか。
だが、わたしの記憶では、わたし自身はそのようなインスタントラーメンを食べた記憶はなく、そもそもそんなものが現実に存在しているとも思っていなかった。
小池さんが食べるお湯をかけるだけでできるインスタントラーメンは、マンガの中だけにある、架空のインスタントラーメン、ただマンガらしい演出をほどこされたインスタントラーメンなのだと単純に思い込んでいたのである。そして、そこで食べられるラーメンは大食堂の醤油ラーメンと同じものなのだと思っていた。他にラーメンを食べたことがないのだからそれ以外には考えようがなかった。
だから、大学を卒業して、独り暮らしをするようになり、世の中にチキンラーメンというものがまだ存在していると知った時の驚きは大きかった。
なによりも衝撃だったのは、それがまるで美味しいと感じられなかったことである。こんなものを小池さんは毎日食べないと気がすまなかったというのか?
そのとき初めて、どうして小池さんに普通の食事をさせようと真剣に心配してくれる隣人がいたのか、理解できた気がした。そして、小池さんが、本当に、変人なのだと気が付いたのだった。
※こちらの記事は、2021年1月11日にながさごだいすけ氏によって、note上にて公開されたエッセイになります。