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傷ついた翼(2)

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5月某日の午前中に、母は、かかりつけの医者に新型コロナワクチンの1回目を打ちに出かけた。行く前はいくぶん緊張気味であったが、特になんの問題もなかったようで、帰ってきたときはケロッとしていた。

むしろ、昼ご飯をミニサイズのカップうどんで済ませようとしたのを、目撃したわたしに「インスタントラーメンは止めたほうがいい」と言われたことにむっとしていた。

「せっかく簡単に食べられるものをみつけたのに」と言うのである。

つまり、母は、面倒くさい時にご飯の支度を手抜きするためのものとして、この2,3カ月の間に、カップ麺を数回使ったことを咎められた、と受け取ったのだった。

だが、実のところ、わたしもまさしくそのつもりで言ったのだから、親子の意思疎通には全く問題がなかったわけである。

ただ、新型コロナワクチンを接種してきたところで、そういう話になるのは避けるべきだった、と母に抵抗されて気が付いた。母も別に体に良いものであるとか、インスタント食品には何の問題もないと考えているわけでなく、この8年近くの間にカップ麺を食べたのは年に一回もなかったと思うくらいなのである。

だからよりにもよって、こんなときに言うべきじゃなかったとちょっと後悔した。実は母がワクチンに出かける前に、わたしにもカップ麺を食べたら良いと言っていたので、過剰なリアクションになってしまったのだった。わたしは、パスタを茹でるからと答え、母も了解済みであった。

母の分までパスタを用意するわけではないのだから、母が何を食べようと勝手なはずであったのに、たぶん数日前に勤め先で、某カップ麺メーカーの話を聞いたことがどこか頭の隅に残っていたのだろう。その話は、隣のパーティションで大声で話していたせいで、嫌でも耳に入ってしまったのだったが、「あれほど体に悪い食品を作っているくせに、なんでいまさら「健康的な」食品なんだ」というのである。確か、カップ麺に体に良いとされる食物繊維を添加するという話だった。それで、今更のようにカップ麺が気になったというわけであった。

もちろんわたしに言われてやめるような母ではなく、予定通りミニサイズのカップうどんをおいしそうに食べていた。ちなみに、母はずっとカップ麺にはラーメンしかないと信じ込んでおり、カップうどんの存在を教えたのはわたしである。しかもそれはわずか数か月まえのことだった。ある意味一番の責任者はわたしなのだった。

ともかく、ワクチンの影響は何もないようにみえ、逆に心配になったわたしは、2時ごろわざわざテレワークを中断して母のところに行き、ワクチンはどうだったか聞いたのだが、何もなかった、という返事だったので安心した。

ところが、5時ごろ仕事を終わって居間に下りてくると、母は足がふらふらするという。熱を測らせたが35.4℃しかなかった。母は、ワクチンの副作用には足腰のことは何も書かれていないので、ワクチンの副作用ではないと主張するのだが、ワクチンのせいでなければ、昼飯をカップ麺で済ませたことくらいしか考えられない。でも、昼飯のことは母には言う勇気が出ず、そもそもそんなはずがあるとはいくら何でも考えられず、確信がもてないまま、やはりワクチンのせいだろうとだけ答えた。

顔色もかなり悪く、明らかに相当疲労している感じがありありとわかる。最近目の周りが落ち窪んで本当に疲労しているように見えることがしばしばあるのだが、今回もそうであり、今度こそ本当に心配になった。

もう寝るといってさっさと寝てしまったので、わたしも早めに二階の寝室兼仕事場にひきあげた。

ところが、である。三十分もしないうちに階下でごそごそ動き出す音がして、しばらくすると、パンをトーストする美味しそうな匂いが漂ってきた。

なんだよ、やっぱり昼メシのせいだったんじゃないかよ、とわたしは思いながら、ホッとして寝床についたのだった。

傷ついた翼(2)|ながさごだいすけ|note

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