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桜の枝が折れた話(4)

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隣家は、今は茶屋だが、昔は宿屋を営んでいたということで、広い敷地があった。わたしが幼いころは半分くらいが竹藪だったが、それを切って1階が駐車場、2階が居室の大きな鉄筋の離れを作った。もう五十年ほど前のことである。

離れは全部で十室ほどもあり、敷地面積だけなら母屋よりも広いくらいだったが、この二十年くらいは、ほとんど倉庫と化していて、人のいる気配はまったくなかった。少なくともわたしの実家の裏庭に面した一角の三室は、全く使われていなかった。

部屋の明かりが点くことはなく、窓に作り付けのクーラーが動くことも、そもそも窓自体が開くこともなかった。そのうちの一つの窓などは、十センチほど開いたままで放置されていて、それが何年もずっとそのままになっていた。わたしが実家に足繫く通うようになった八年前に既にその状態でその後何年もそれが続いており、嵐の日にはカーテンが風に翻弄されて、明らかに室内に雨が吹き込んでいるのがわかった。それでも放置され続けていた。

窓が閉じられたのは2019年に記録的な台風が関東地方を襲ったときで、わたしの実家でも屋根のトタンが吹き飛ばされて、リフォーム業者に修理してもらったのである。

母が、切った木の回収のことで隣家にあいさつに行くと、店をずっと切り盛りしていた弟さんが昨年亡くなったあと、現在はご主人がひとりきりで住んでいることが判明した。たまたま、初老の庭師さんが、定期的な剪定の相談に来ているところだった。母が、事情を話すと、いくらでも庭に落として運んで構わない、ということだった。母が、気をよくして、桜の一部が折れてしまって、業者に頼まないといけない、というと、ご主人は、ちょうど庭師が来ているところで、これから剪定してもらうので、ついでにお願いしたらいいと言い、あそことここを切ってうちの庭に持ってきて、と勝手に指図し始めたので、嫌も応もなく、その場で頼むことになったという。ざっと20万ほどでできるということだったが、実際に見積もりをもらうとさらに半額になっていた。リフォーム業者の見積もりの5分の1であった。

実際の作業は、お盆が明けた二十日に決まった。二、三日かけて作業するということで、前日までに、隣家の塀を超えて切った木を運べるように梯子をかけ、桜の木にも十メートルはある長い梯子を三本かけた。初日の作業は順調で、朝から折れた太い幹を先端の方から、30cmずつ切っていく作業が午前中いっぱい続いた。それから、その周辺の特に隣家に面した枝を切っていった。三本も長い梯子を立てかけてある理由はよくわからなかったが、それは庭師の長い間に形成された手順のひとつなのだろう、とわたしは漠然と考えていた。すべての作業をひとりでやっているので、あっちこっち移動する手間をはぶくにはそれが必要なのだと思った。

初日の作業で、折れた幹も、その周辺もあっという間にきれいに剪定されたので、なんで作業に二日も必要なのだろうか、と母はわたしに聞いた。わたしもよくわからず、「日給で計算する都合上必要なんじゃないのか」と答えた。実際、作業は1日でほぼ完ぺきだとわたしにも思われたのだった。

それを見た母は、さらに気をよくして、隣家の庭に張り出していたの他の木もお願いするといい、それも全部で5万でやってもらえることになった。万事めでたしめでたしになるはずであった。このときまでは…

桜の枝が折れた話(4)|ながさごだいすけ|note

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