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ひとりきりのペペロンチーノ(1)

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弟夫婦が、いままで荒れ放題だった庭をきれいにしたので、見せたいから日曜日の朝に迎えに行く、と土曜日に母に電話して来た。わたしの弟は一回り以上年下で結婚も遅く、娘二人がまだ小さいので、母はいつも会うのを楽しみにしている。わたしはもちろんお呼びではないので、実家で留守番である。

「お昼は、いつものスパゲッティ作るんでしょ」と受話器を置くなり母が話し始めた。

確かにそんな時期もあったが、いったい何年前の話をしているのだろう、とわたしは思った。父が亡くなって六年半が過ぎている。実家に通うようになった最初の数年は、母が出かけてお昼にひとりになると、よくスパゲッティを作ったものだったが、そのうち飽きてしまってもう滅多に作らなくなっていた。

「牡蠣と菜の花買ってあるんだけど、もし使うなら用意しておいてあげるわよ」と言う。

(菜の花?)とわたしは思った。(いままで菜の花なんて買ったためしがないのに、まさか菜の花サンドを実は食べたかったとか?)

一月ほど前に、母にいわれてサンドイッチを買って来たとき、わたしが勝手に選んだ菜の花サンドを、母は食べようとしなかったことがあり、なにを意固地になっているんだろうと思ったばかりだったので、(なんなの? また地雷なの?)とわたしは内心うろたえながらも、

「最近は面倒だからぜんぜん作ってないよ。こないだ久しぶりに作ろうとしたら、パスタがカビてた」と答えた。

「あらそう。やっぱり買って来ちゃった方が早いものね。じゃあ牡蠣と菜の花はそのままにしておくわ。この間、清二(弟)が連れてってくれたお店のスパゲッティに貝がたくさん入っていてとってもおいしかったのよ」と母がなぜか残念そうに言う。

食べるといったほうがよかったのか悩みながらも、結局その時はそれでおわった。

母が休日に出かけることは滅多にないが、弟夫婦が定期的に昼食に誘ってくれるのと、コーラスの定期演奏会が年に二回ほどあり、三ヶ月に一度くらいの頻度で母は食事に出かけていた。

そういうときは、母は昼食のしたくなどしてくれないから、自分で作るか買ってくるかする必要があった。パンか弁当を買って来ても良いが、どうせ台所が使えるのだから自分で作る方が良い。といっても元々たいしたものは作れない。男料理の定番といったらカレーやシチューだが、さすがにそこまで時間をかける気にはならない。普通の肉、魚料理は母が作るのでこれもわざわざ自分で作る気にはならない。ということで、しぜんといつもスパゲッティばかり作ることになった。

母はスパゲッティを作らないから、必要な食材は自分で買ってこなければならないが、近くの生協にビールやおつまみを買いに行くときについでに買ってくれば良かった。わたしは家ではビールを飲まないが母が飲むので生協に毎週買いに行くのがわたしの仕事になっていたからである。

だが、それも今は昔。弟夫婦は娘ができると昼食に母を誘うことはほとんどなくなった。小さい子供がいると午前中にでかけるのが大変になり、だんだん時間が午後にずれ込むようになるのは、わたしにも経験があった。朝の十時半に待ち合わせするなら、夜明けと共に起きるくらいでないと子供の準備が間に合わないのである。弟夫婦もそうなのだろう。最近は午後三時ごろに四人で実家に来る事が多くなっていた。

それが今回は午前中の待ち合わせだというので少し意外だったが、考えてみれば家の庭を見せるというのだから娘たちの外出の支度がいらないし、食事を家でということだったのだろう。それなら十時半でも楽勝である。

それはともかく、母が出かける機会が減ったので、わたしがスパゲッティを茹でる機会も減った。最後にきちんと材料を用意して作ったのはまだ夏の残暑が厳しいころだった。それから、たまたま年末に母が出かけたので、急遽思い立ってスパゲッティを作ろうとしたら、カビが生えていたのである。オリーブ油もなかった。

そんなことがあったので、今回は最初から作る気になれなかった。風邪で体調が悪かったせいもあったと思う。

それでも日曜日のお昼になると、なんとなく気分に余裕が出てきたので、一応台所で食材をチェックしてみた。ところが、牡蠣と菜の花はあったが、オリーブ油も、ニンニクも、ベーコンもなかった。

(全部揃ってるって言ってたよな、確か)と思いながら釈然としない気持ちで買い物に出かけたが、結局スパゲッティは作らず、出来合いの焼きそばで済ませた。

わたしがスパゲッティを作らなかったと聞いた母は夕飯のとき、「スパゲッティあるわよね」と言いながら、これみよがしに台所の引き出しを確認したが、他の食材のことは言わなかった。

「カビが生えてるなら捨てなくちゃね」と言う。

「それ先月のことだから。とっくに捨てたけど」とわたし。

何かいろいろ抜け落ちているような気がしたが、外出して孫と戯れた後の母はいつもひどく疲れているので、そのせいだろうと思うことにした。

 

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