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ついにコーラス会を辞める?(1)

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母は、深夜になにかが壊れたような大きな音がした、といって起きてきた翌朝、今日こそコーラス会に行って辞めてくると言ったものの、結局また言いくるめられてしまったようで、帰ってきてからはコーラスの話は一切出なかった。

それでも辞めたいという思いは日増しに募っていったと見え、とうとう翌週のコーラス会を欠席するところまでいってしまった。これまでも何度か休んだことはあるが、それにはいろいろな理由があった。少なくともわたしに対してはいろいろと言い訳をしていた。ところが、今回はただもう続けられないというだけで、余計なことはなにもいわなかった。そして実際に休んでしまったのだった。

その週末にも、いつものように妹夫婦が来た。妹は、ラジオを聞いたと母に言った。わたしには何のことかわからなかったが、しばらく黙って聞いていると、母のコーラス会のことがローカルのFM局で紹介され、どうやら全員がインタビューに登場したらしい。その番組は二日に分かれており、一日目が会員インタビューで二日目は先生のインタビューだった。妹は二日目しか聞いておらず、話していたのは先生だけだったと言うのだった。

横で聞きながら、わたしは思った。(それってつまり、母もラジオに登場したってことじゃないの?)

妹が先生の話に集中しているので、もどかしくなったわたしは思わず話をさえぎって、「かあさんも1日目には出てたってこと?」と聞いてしまった。

だが、母は答えなかった。母は、その瞬間までわたしには放送のことを隠していたのである。妹が知っているということは少なくとも一週間前の土曜日にはわかっていたことで、収録はもっと前だろうから、ずいぶん長い間隠していたことになる。その間、母はわたしには繰り返し、辞める辞めると言い続けていたわけである。明らかに意識して隠していたわけで、そりゃあ、答えられるはずがない。

妹が機転をきかせて、「ああ、そうよね、一日目は会員のインタビューだったわけでしょう。みんな出ていたんだよねえ」と母に言う。

母は、「そうねえ、ええ、でたんでしょうね」と曖昧に、誰にともなく答えたが、明らかに答えにくそうであった。

どうやら、コーラス会に対する自身の態度について、母は妹とわたしには違う説明をしているようだ、と話を聞きながら、だんだんわたしにもわかってきた。

ラジオもこれまでになかった大きなイベントであるのは明白だったが、年に1度の発表会(練習している公民館が定期的に開くイベント)が翌週の土曜日にあることも、妹にだけ言って、わたしには言わないでいたのである。確かに妹は毎週土曜日にだけ来るのだから、その日の予定を早めに伝えておく必要があるのは明らかだったが、いままではわたしにも可能な限り早い時期に1日家を空ける予定のことは話してくれていた。そんなに多くはないが、弟の家の留守番に行くとかワクチンの接種といった母的には大きなイベントのことで、コーラスの発表会ももちろんそのひとつだった。それを、妹が言わなければ隠しておくつもりだったようなのである。

そのようにしておけば、もし母が発表会に行かなくても、妹は発表会があるつもりで来ないし、わたしは何も知らないのだからなにも言われずにすむ。そう考えたのではないだろうか。ということは母自身にも迷いがあるということだ。まったく行くつもりがないなら、妹にもなにも言わなかっただろう、とわたしは思った。だがそうではなかったようだ。

「そうね、でもね、行かないかもしれないの」と母が口の中でつぶやくように言うと、妹はいつものはきはきした口調で、「なんで? だってお母さんいかなかったら二人しかいないんでしょ? 二人じゃねえ、コーラスにならないわよねえ」とわたしの方をみながら言って笑っている。なるほど、母が行かなければ成り立たない会に行かないとは、さすがに妹には言えなかったのだな、とわたしは思った。母は妹が怖いのである。どうやらわたしのことは怖くないらしい。

「そうよね、二人きりよね」と母は言い、一瞬の間があったが、すぐに思い直したように、「まだわらないから、もし行かなかいことになったら連絡するね。行くときは連絡しないからね」と言って、母はその話題を打ち切った。

妹は、引き際をよく心得ていて、それ以上突っ込んだりはしなかった。

ついにコーラス会を辞める?(1)|ながさごだいすけ|note

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