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傷ついた翼(6)

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秋分の日の直後の土曜日、いつものように妹夫婦が来て昼ご飯を一緒に食べて行った。

妹が勤める病院では、事務長が十五夜のためにダンゴを用意したが、ススキがなかったという話から、ススキが原の話になり、一面の彼岸花もきれいだと妹が言うと、「彼岸花の根をすりおろして土踏まずに塗ると腎臓に良いのよ」と母が言った。

妹が首をかしげると、母はすかさず「おばあちゃんがやっていたの」と答え、ひとしきり昔話に花が咲いた。

話が一段落して、母が最近太ったと言い出したので、妹が「フィットネスは行ってないの?」と聞いた。返事は分かりきっているのだが、妹は一緒に住んでいないので、なにもわからないふりをして聞くことができるのである。

「ぜんぜん行ってないの」と母が答える。

「えー? でも会員になったんでしょう?」と妹。

「そうよ、毎月引き落としで会費払ってるのよ」

「いくら?」

「〇千円」

「えー? もったいない」

「そうよ、もったいないけど、行ってないの」と母。

「行かなくちゃ」と妹。

「でも着ていくものがないの」

「着ていくものねえ」

「電車に乗らないといけないでしょ」

「そうね、電車に乗るとねえ」と妹。「歩いて行けるんなら、なに着てってもいいけどねえ」

翌日、なにを思ったか母は、明日からフィットネスに行こうと思うの、と宣言した。だが、そう言いながらも、迷っているようで、週に2回行ったほうが良いと思うのだが、疲れてしまうから毎日は行けない、木曜日はコーラスに行くからもちろん行けない、土曜日はやってないと思うが、やっていたとしても妹が来るから行けない、と言って、結局月曜日に行くと2回目に行く日が作れないと言いつつ、結論は先送りにしてその場は終わった。

月曜日になると、母は朝から家の周りの掃除を始めた。もう何カ月もしていなかったようにも思うが、月曜日はたいてい出勤するか、そうでなくてもテレワークで2階の部屋に籠ってしまうので、実際にどうだったか記憶があいまいだった。とはいえ、その日もわたしはテレワークで、まだ時間が早いので朝食後に居間でTVを見ていたわけで、それがいつもの日課だったのだから、毎週掃除をしていれば覚えていてもよそうなものだった。

昼食のときに、フィットネスに行ったか聞くと、「月曜日は、家の周りの掃除をするのが習慣だから、そのあとで行くつもりだったが、疲れてしまって行けなかった。とはいえ、掃除は毎週決まった日にやらなければ、そのままやらなくなってしまうから、月曜日にしないわけにはいかない。だから、月曜日にフィットネスに行くのは無理だとわかった」と母は答えた。

運動したがらない人の典型的な言い訳だと思ったが、何も言わずに黙って聞いていると、

「フィットネスには火曜日に行くことにするわ」とわざわざ母は付け加えた。

だがもちろん、火曜日にも母はフィットネスに行かなかった。火曜日の昼食のときには、もうわたしはこわくて聞くこともできなかった。

そして、水曜日。わたしが2階でテレワークをしていると、10時ごろ母が突然上がってきたので何事かと思ったら、

「これからフィットネスに行ってくるから」と笑顔で言った。「もう行けないから、断ってくるの」

夜、母をフィットネスに誘ってくれた近所の奥さんから電話があったが、母はすでに布団の中で、わたしは「もう寝たので」と言ってすぐに電話を切った。

傷ついた翼(6)|ながさごだいすけ|note

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